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会話の沈黙を避けて頑張って話すのやめた

私、会話で沈黙するのがめちゃくちゃ怖かった。

この前、夫の友人家族が家に来たときもそう。

普通にお茶して話してたんだけど、
ふと会話が止まる瞬間があって

「・・・」

その一瞬で、頭の中ザワザワ。

「え、つまらないって思われてる?」
「私がいるから空気止まってる?」

って、一人で勝手に焦ってた。

で、帰ったあとに夫に言ったの。

「私がいたから、くつろげなかったよね」って。

そしたら

「は?なに言ってるの?」って返された(笑)

で、聞いてみたらびっくり。

「いつもあんな感じだよ」
しかも
「沈黙も気にならないから長く続いてるんじゃない?」って。

え、そうなの?ってなった。

私の中では

“会話が途切れない=いい時間”
“沈黙=失敗”

だったから。

盛り上げなきゃ
間を埋めなきゃ
楽しい空気作らなきゃ

って思い込んでいた気がする、、、盛り上げるのは苦手だから、ただ焦ってただけなんだけど。

完全に一人で空回りしてただけだったってことだ。

むしろ、

無理に盛り上げようとするほうが空気おかしくなることある。
大げさにリアクションされたり、変にテンション上げられたりすると逆に疲れる。

あれと同じこと、自分がやってたんだな(笑)。

で、やっとわかった。沈黙って、悪いものじゃない。
沈黙や間があっても、私といるのがつまらないからだと自分責めする必要はないんだなー。

その場が心地よければそれでいいし、沈黙があっても別にいい。
むしろ、沈黙が気にならない関係のほうがラク。

「愛想を良くする」これは、かなり長年の“生存戦略”だったんだと思う。
つまり、

「感じよくしてれば安全」
「明るくしてれば嫌われない」
「場を盛り上げれば価値がある」

って、無意識に身につけた反応。

だから悪いわけじゃない。テンション高めの愛想で、人間関係をうまく回してきた部分も絶対ある。

でも「本心とズレた振る舞い」に、自分が疲れてきてもいた。

本当はそこまでテンション高くないのに

* 気まずくしたくない
* 相手を不快にしたくない
* 感じ悪いと思われたくない
* 空気をよくしたい

が先に発動して、“接客モード”みたいになる。

で、帰宅後どっと疲れる。
「自然体でいて嫌われる」より、演じて好かれるほうを選んできた。

でもこれを続けると、「本当の私はどれ?」ってわからなくなるよね。

だから今は、その“違和感”に気づけたことがすごく大きい。

これからは

* 無理に盛り上げない
* 反応を大きくしすぎない
* 沈黙を埋めない
* ニコニコし続けない
* 疲れたら引く

これを、小さくやる。

最初めちゃくちゃ怖いと思う。「感じ悪いって思われたかも」って。

でも実際は、自然体の落ち着きのほうが安心感になることもある。
受け入れられるかよりも、自分がラクな在り方を覚えていく時期なのかも。